もうすぐ夜が明ける。
空は仄かに明るくなり始めた為に星はほとんど無く、今にも消えそうな淡い色の月が残っているだけ。
街に住む大多数の人々は寝ているだろう。だが、少数でも起きている人達がいる。今から仕事を始めようとしている人。夜通しで仕事をしていた人。
そして加山雄一も月組隊長として、夜通し仕事をしている人の中のひとりだ。
加山は新聞配達をしている人から新聞を買い、朝の挨拶をしながら新聞に軽く目を通す。
「……増員は一名で、調査は続けろ」
しかし、挨拶だと思われたのは、新聞配達を装った月組隊員との仕事の打ち合わせだった。
「判りました」
遠目からは和やかな笑顔で自然な会話の様であるが、声と瞳そして会話の内容は真剣みを帯びていた。
「連絡はいつも通りで」
「はい」
二人は笑顔のまま、自然に動き出し別れていく。
加山はそのままの足取りで、帝都でも名所と謳われる場所、銀座にある建物へと向かった。
自然に、だが周りの気配を探りながら歩く加山は一瞬立ち止まり、忽然姿と気配を消した。
数分後、加山が姿を現したのは帝国劇場の支配人室から出てきた時だった。
気を落ち着かせるためか軽く息を吐き、窓から空を見上げた。
「…行ってみるか」
歩き出した彼の足音も気配もしない足取りは先ほどまでとは違っていて、どことなく軽快なものになって帝国劇場内の上の階へと進んでいく。
帝国劇場で高い場所、屋根の上に上った加山は深呼吸をし大きく伸びをして、空を見まわした。
東の空は紅く染まり、明るさが増していく。西の空には、今にも消えそうな月が沈み始めた。
鳥たちは目覚め、朝のさえずりがあちこちで聞こえてくる。そして、人々が動き始める気配が、街に広がる。
目覚めはこの帝国劇場にも訪れていた。
加山は気配を感じ、高く飛んだ。そして屋根の上に上った時に使った窓から出てくる人の背後に音も無く降り立ち、明るく声をかけた。
「いよう、大神〜!今日は早いんだなぁ」
「うわっ!?っと、加山だったのか」
窓から出てきたのは、大神だった。
大神は驚きながらも、攻撃をしようとした。だが、声をかけてきたのが加山だと判って寸前で攻撃の手を止めた。加山も大神の攻撃を紙一重でかわせる体勢になっていた。
「危ないなぁ、大神ぃ」
笑いながら体勢を戻す加山。大神も苦笑しながら攻撃態勢を解いた。
「明け方に屋根に上る気配があれば、当然見に行くだろう。それで、ここで何をしているんだ?」
「…日の出を見ようと思ってな」
加山はそう言うと東を見た。ちょうど東の方から空に広がり始めた太陽の光と、顔を覗かせ始めた太陽が見えた。
「…なるほど」
大神はなんとなく納得してしまった。
二人は会話もないまま、屋根の上に座って昇ってゆく太陽を見つめた。
「……ふぅ」
太陽が昇りきると、加山は軽くため息をついた。
大神は太陽を見たまま尋ねた。
「お前、休んでないのか?」
大神の問いに、加山は苦笑いをしながら屋根に寝転がるという行動で答えを示した。その行動を見た大神は立ち上がり、帝国劇場の中に入るために窓に近づいた。
「こんな所で休まないで、きちんと休めよ」
加山にそう言うと大神は建物に入っていく。加山は何も答えずに東の空を見つめていた。
西の空で沈みかけていた月は、完全に沈んで見えなくなっていた。
End